研究グループ

不育症・習慣流産のみなさんへ

染色体均衡型転座に対する着床前診断

着床前診断をすると流産率は減少しますが、出産できない人が出来るようになる事は証明されていません。

染色体均衡型転座に対する着床前診断は1998年に世界で最初に報告され、2006年から日本でも習慣流産を適応とした着床前診断が始まりました。体外受精によって得られた受精卵の一部を取り出し、均衡型の受精卵のみを胚移植して流産を防止する技術です。
本邦では遺伝性疾患についての着床前診断が優性思想につながるという倫理的批判から、慎重に審議されています。日本産婦人科学会は症例ごとに審議をして重篤な遺伝性疾患に限って認めるという規則をつくっています。

倫理的批判を要約すると以下の4点があげられます。

  • 生命の廃棄である
  • 優生思想につながる
  • 自然妊娠が可能な女性に対して体外受精を行う
  • うまれてくる児の長期的安全性が不明

体外受精の合併症としては、

  1. たくさんの卵を育てるために排卵誘発剤をつかいます。この副作用として卵巣過剰刺激症候群が起こります。脱水のために血栓症を起こし、稀には生命の危機につながります。
  2. 採卵は痛みがあるので麻酔を使います。麻酔の種類は流産の手術のときに使うものとあまりかわりません。麻酔には合併症が伴います。
  3. 採卵のときに腸や血管を針で刺して臓器損傷を起こすことがあります。

欧州ヒト生殖医学会ESHRE PGD Consortiumによれば、着床前診断によって生まれた児の体重は3225gと標準的であり、先天異は5.8%(47/813)に確認されましたが、これは顕微授精における頻度と同等と考えます。発達に関しては6歳時点では自然妊娠との差はみられていませんが、長い目で見た児への安全性はまだわかっていません。

現在転座保因者に対する着床前診断の出産率を示す、症例数の比較的多い論文は7つあり、採卵あたりの出産率は6.2-47.2%です(表19)。出産率の違いはそれぞれの論文の患者さんの背景、つまり、年齢、流産回数、染色体核型などが異なるためです。新しい手技である比較ゲノムハイブリダイゼーション法aCGHによる論文も出産率43.8%に留まっています。
これらの論文はすべて対照が設定されていません。Fischer らは着床前診断によって妊娠した人のうち87%が出産したと論文の要約で述べています(図20)。しかし、本文をよく読むと実施した192人のうち出産できたのは60人ですから、出産率は31.3%です。習慣流産のエキスパートのStephenson教授やGoddijn教授はこの論文に対する反論の手紙を書いています。この論文の著者たちは臨床医ではなく、Reprogeneticsという着床前診断を商業ベースで請け負っている企業に勤務する人たちです。着床前診断が有効ということが宣伝できれば利益が増えるので“利益相反”があることになります。

図20

前述のとおり、自然妊娠の診断後初回妊娠成功率は31.9%-65%です。着床前診断によって流産を少し減らすことは理論的にできそうですが、出産ができなかった人ができるようになることを証明する無作為割付試験は報告されていません。体外受精が前提であり、体外受精の出産率は女性の年齢によって異なり、20歳代で20%、40歳では8-9%です(日本産科婦人科学会ART登録データ)。数回の体外受精+着床前診断を繰り返して妊娠に至ることになります。オランダのグループによれば自然妊娠による累積成功率は83%であり、着床前診断によってここまで出産にいたることは難しいでしょう。

日本でも2006年12月から、染色体均衡型転座に起因する反復流産を適応とした着床前診断が始まりました。名古屋市立大学とセントマザー産婦人科医院(北九州市)は染色体転座に起因する習慣流産(反復流産)患者さんを対象として、着床前診断と自然妊娠を選択した患者さんの出産率を世界で初めて報告しました(文献23)。着床前診断希望者の平均年齢が高かったため、35歳未満の均衡型転座に起因する習慣流産患者37名と自然妊娠を選択した52人の出産率などを2014年7月まで調べました。
その結果、初回の着床前診断と自然妊娠ではむしろ着床前診断群の出産率が悪く、累積出産率に差はありませんでした(67.6%と65.4%、表21)。妊娠までの時間もほぼ同じでした(12.4か月と11.4か月)。
しかし、着床前診断群では流産は有意に減少しました(平均0.24回と0.58回)。
その後妊娠に至らない頻度は着床前診断群に多い結果でした(18.9%と3.8%)。
着床前診断群では平均2.5回採卵を行い、平均2.2回胚移植を行い、その費用は約95万円でした。この費用について、名古屋市立大学、セントマザー産婦人科医院では体外受精、試薬代を徴収し、技術料は臨床研究であるため無償で行ったため内外の着床前診断平均費用と比較してかなり低額であることを申し添えます。
35歳以上の着床前診断を選択した方は24.3%(9/37)が出産できました。自然妊娠が少数であったため、35歳以上については比較ができませんでした。
この研究は2006年から実施されたため、

  • 生検や診断方法が古い
  • 無作為割り付け試験でないため、両群間のバイアスがありうる
  • 症例数が限られる

という欠点がありますが、現時点で転座に起因する習慣流産患者における着床前診断の比較試験は他にありません。ESHRERPLガイドラインはこの論文を引用し、夫婦どちらかに染色体異常が存在する場合、遺伝カウンセリングを行い、着床前診断の利点、欠点ともに説明することを推奨しています。
日本では、着床前診断によって出産率が改善するような間違った情報が広がっているようです。たとえば、「着床前診断は出産率が改善する医療である」ことになれば、クリニックでは着床前診断を行えば利潤が増え、患者さんが増えるという利益相反があります。一方、公的病院の医師の給料は一定であり利益相反は起こりにくいと言えます。誰による情報なのか、注意してみてください。

表21:均衡型転座を対象として着床前診断を行った症例と行わなかった症例の帰結

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  着床前診断 自然妊娠 OR (95% CI) p-value
診断後初回の出産率 37.8% (14/37) 53.8% (28/52) 0.52 (0.22-1.23) 0.10
累積生児獲得率 67.6% (25/37) 65.4% (34/52) 1.10 (0.45-2.70) 0.83
その後、妊娠しない確率 18.9% (7) 3.8% (2) 1.19 (1.00-1.40) 0.03
平均流産回数 0.24 ± 0.40 0.58 ± 0.78 - 0.02
均採卵回数 2.5 (2.30) -    
平均胚移植回数 2.2 (1.85) -    
出産に至った妊娠までの月数 12.4 (13.95) 11.4 (10.9) NS  
双胎の頻度 29.0% (9/31) 5.1% (2/39) 7.57 (1.50-38.26) 0.009
患者あたりの費用 $7,956 U.S. -    

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