研究グループ

不育症・習慣流産のみなさんへ

不育症の検査と原因

不育症の4⼤原因は抗リン脂質抗体症候群、⼦宮形態異常、夫婦染⾊体異常、胎児(胎芽)染⾊体異常です(⽂献1, 2)。抗リン脂質抗体約10%、夫婦染⾊体異常6%、⼦宮奇形3.2%の頻度でみられます(図4-A、⽂献5)。国際抗リン脂質抗体学会の定義を満たす“本物の”抗リン脂質抗体症候群は約4%です。内分泌異常には糖尿病、甲状腺機能低下症、多のう胞性卵巣症候群が含まれますが、この部分はまだ質の⾼い研究が限られていてはっきりと不育症の原因となることが確認されていません。

図4:加齢による不妊症の頻度

加齢による不妊症の頻度

Sugiura-Ogasawara et al. 1676組 Fertil Steril 2010

 

加齢による不妊症の頻度

Sugiura-Ogasawara et al. 482組 Hum Reprod 2012

Evidence Based Medicine(証拠に基く医療)という⾔葉は1980年代に提唱されました。臨床研究のエビデンスには研究⽅法の質の⾼いものからいくつものレベルがあります。2017年にLancetに掲載された総説によれば、

無作為割付試験Randomized Control Trial (RCT)
A薬を投与する群:B薬物なし群を患者さんの希望ではなく無作為に振り分けて次の妊娠の成功率をA群:B群で⽐較する。Aが統計学的に有意差をもって成功率が⾼ければA薬は有効と考える。
前⽅視的研究Cohort Study
無作為割付試験ではないが、次の妊娠の成功率をA群:B群を⽐較する。
横断研究Case-Control Study
ある検査異常が健常⼈に⽐べて習慣流産に多い、というような頻度を⽐較する。

動物実験や基礎研究はどんなに優れた研究でも臨床研究のエビデンスレベルでは下位におかれています。専⾨家の経験によるものは最下位のレベルです。
標準的医療とはメタ解析(いくつもの質の⾼い論⽂を再解析)や系統レビュー(⼀定の作法により論⽂をレビュー)によって策定されます(図5)。そして、数多くの質の⾼い論⽂が存在し、同じような結果が得られた時に初めて「標準的医療」となります。

現時点での不育症の4大原因は、下記のとおりです(表6)。

  1. 抗リン脂質抗体症候群
  2. 子宮形態異常
  3. 夫婦どちらかの染色体均衡型転
  4. 胎児染色体数的異常

図5:臨床研究のエビデンスレベル

Djulbegovic and Guyatt, Lancet 2017

胎児染色体検査は健康保険が適用されず、限られた施設でしか検査できないために、初診で来院された患者さんの過去の流産胎児について実施されていることはほとんどありません。そのために、“原因不明”が70%と言うことになります(図4-A)。しかし、夫婦染色体が正常でも女性の加齢によって増加する胎児染色体数的異常は、きちんと調べれば41%が原因となっていることがわかりました(図4-B、文献6)。胎児染色体正常の真の原因不明は約25%に留まります。
推奨される検査を原因別に示しました(表6)。詳細については項目別に解説します。
日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会は2006年から産科診療ガイドラインを発表しています。ガイドラインでは臨床家が実施するべき項目をA もしくはB としています。
CQ204 は反復流産・習慣流産に関する記載であり、不育症もこれに該当します。胎児染色体検査がCである理由は、健康保険が適用されていないことと検査のできる施設が限られるためです。
厚生労働省ホームページに厚生労働省不育症班研究の研究成果が掲載されています。これらは研究班の意見に基づく推奨であり、系統レビューは行っていません。つまり臨床研究のエビデンスレベルで言えば最下位のレベルによる推奨です。ESHREガイドラインなどが示す標準的医療とかけ離れた記載もあるため注意してください。

表6:不育症の4大原因と日本産科婦人科学会および欧州生殖医学会の検査推奨レベルとその問題点

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不育症の原因 欧州・米国生殖医学会
国際抗リン脂質抗体学会
日産婦
CQ20
ESHRE RPL
guideline
臨床上の問題点
抗リン脂質抗体
  • ループスアンチコアグラント
    リン脂質中和法 APTT*(281)*
    希釈ラッセル蛇毒法 RVVT(281)*
  • (β2GPI)抗カルジオリピン抗体**(223)
  • ※いずれも12週間持続
A Strong
  • 難治性疾患
  • 9割の施設で測定が適切に行われていない
子宮奇形 超音波検査(530) A Strong
  • 手術によって出産率が改善するかが不明なまま。RCTは行われていない。
夫婦染色体異常
(均衡型転座)
染色体G分染法(3028) B Not routinely
recommended
strong
  • 着床前診断によって流産は減少するが、出産率は改善しない。
胎児染色体異常 絨毛染色体G分染法、aCGH C Not routinely
recommended
strong
  • 着床前スクリーニングによって出産率は改善していない

*非妊時に測定する。リン脂質中和法と希釈ラッセル蛇毒法は別の検査であり、両方とも測定する。
**抗CL・β2GPI複合体抗体もしくは抗カルジオリピン抗体のどちらかでよい。
( )内は保険点数(2020年5月現在)
国際抗リン脂質抗体学会は、初期流産について3回以上の場合に測定するとしているが、欧州生殖医学会、日本では、2回以上の場合に検査できる。

表6に記載されている()内の数字は保険点数です。夫婦染色体を除いて、これらの検査は習慣流産の病名で保険適用されています。保険適用されていない検査をするとすべてが自費となる法律があります。保険適用されていない検査、適用外治療は本来研究的なものです。研究とは研究者が費用を獲得して、患者さんには負担をさせないものです。また、患者さんに説明をしたうえで同意書に署名をすることが「臨床研究法」で定められました(平成29年4月表9)。医師から勧められた検査・治療の中には、臨床試験によって、出産率の上昇が証明されていないものもあります。自費診療による治療を勧められた場合、「臨床研究法」に従って倫理委員会の承認を得た治療であるのか、主治医から説明を求めることをお勧めします。エビデンスに基づいた当院の不育症診療アルゴリズムと外来検査スケジュールを示します(図7, 8)。

図7:不育症診療アルゴリズム(2020/9)

不育症診療アルゴリズム

図8:名古屋市立大学不育症検査(2024/3-)

表9:臨床研究法

臨床研究法(平成29年法律第16号)の概要

法律の概要

臨床研究の実施手続、認定臨床研究審査委員会による審査意見業務の適切な実施措置、臨床研究に関する資金等の提供に関する情報の公表の制度を定めることにより、臨床研究の対象者をはじめとする国民の臨床研究に対する信頼の確保を図ることを通じてその実施を推進し、もって保険衛生の向上に寄与することを目的とする。

法律の内容

1. 臨床研究の実施に関する手続
  1. (1)特定臨床研究(※)の実施に係る措置    
    1. ① 以下の特定臨床研究を実施する者に対して、モニタリング・監査の実施、利益相反の管理等の実施基準の遵守及びインフォームドコンセントの取得、個人情報の保護、記録の保存等を義務付け。
      ※特定臨床研究とは
      ・薬機法における未承認・適応外の医薬品等の臨床研究
      ・製薬企業等から資金提供を受けて実施される当該製薬企業等の医薬品等の臨床研究
    2. ② 特定臨床研究を実施する者に対して、実施計画による実施の適否等について、厚生労働大臣の認定を受けた認定臨床研究震災委員会の意見を聴いた上で、厚生労働大臣に提出することを義務付け。
    3. ③ 特定臨床研究以外の臨床研究を実施する者に対して、①の実施基準等の遵守及び②の認定臨床研究審査委員会への意見聴取に努めることを義務付け。
  2. (2)重篤な疾病等が発生した場合の報告
    1. 特定臨床研究を実施する者に対して、特定臨床研究に起因すると疑われる疾病等が発生した場合、認定臨床研究審査委員会に報告して意見を聴くとともに、厚生労働大臣にも報告することを義務付け。
  3. (3)実施基準違反に対する指導・監督
    1. ①厚生労働大臣は改善命令を行い、これに従わない場合には特定臨床研究の停止を命じることができる。
    2. ②厚生労働大臣は、保険衛生上の危害の発生・拡大防止のために必要な場合には、改善命令を経ることなく特定臨床研究の停止等を命じることができる。
2. 製薬企業等の講ずべき措置
  1. ① 製薬企業に対して、当該製薬企業等の医薬品等の臨床研究に対して資金を提供する際の契約締結を義務付け。
  2. ② 製薬企業に対して、当該製薬企業等の医薬品等の臨床研究に関する資金提供の情報等(※詳細は厚生労働省令で規定)の公表を義務付け。

施行期日

公布の日(平成29年4月14日)から起算して1年超えない範囲内において政令で定める日

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