研究グループ

不育症・習慣流産のみなさんへ

抗リン脂質抗体症候群

必須な測定法

◆ループスアンチコアグラント Lupus anticoagulant aPTT凝固時間を用いたもの
委託可能な検査としてはLAリン脂質中和法(基準値はこちらを参照)
名古屋市立大学では研究室で独自の方法を実施(LA-aPTT 研究室)
◆ループスアンチコアグラント蛇毒法 LA-RVVT(基準値1.3)
◆β2glycoprotein I 依存性抗カルジオリピン抗体(抗β2GPI・CL 複合体抗体)基準値 1.9

1952年に血液中の凝固時間を延長させる物質として報告されたのがループスアンチコアグラントLupus anticoagulant(LA)の最初の報告です。1975年にはこの物質と子宮内胎児死亡の関係が報告されました。1980年代にはcardiolipin(CL),phosphatidylglycerol,phosphatidylcholine,phosphatidic acid, phosphatidylinositol,phospatidyethanolamine(PE)に対する自己抗体の測定が盛んに行われ、後に抗リン脂質抗体症候群AntiphospholipidSyndrome(APS)と呼ばれるようになりました。国際抗リン脂質抗体学会が提唱する抗リン脂質抗体症候群診断基準によれば(表10、文献7)、

  • 妊娠10週未満の3回以上連続する原因不明習慣流産
  • 妊娠10週以降の胎児奇形のない1回以上の子宮内胎児死亡
  • 重症妊娠高血圧性腎症もしくは胎盤機能不全による1回以上の妊娠34週以前の早産

を、妊娠合併症としています。1回の子宮内胎児死亡や重症妊娠高血圧性腎症もしくは胎盤機能不全による早産は不育症ではありませんが、次回の同じようなイベントを予防できる可能性があるために、抗リン脂質抗体の測定は推奨されます。また、抗リン脂質抗体症候群の場合、子宮内胎児発育遅延、羊水過少、血小板減少症を伴うことも特徴です。また、全身性エリテマトーデスSLEの患者さんの40%が抗リン脂質抗体陽性であるため、SLEの患者さんも測定が必要です。

表10:国際抗リン脂質抗体学会による抗リン脂質抗体症候群の診断基準

抗リン脂質抗体症候群診断基準
臨床所見 動静脈血栓症
妊娠合併症
  • ・妊娠10週未満の3回以上連続した原因不明習慣流産
  • ・妊娠10週以降の原因不明子宮内胎児死亡
  • ・妊娠34週未満の重症妊娠高血圧腎症・子癇や胎盤循環不全による早産
検査所見
(12週間以上の間隔で2回以上陽性)
  • ・Lupus anticoagulant 陽性
     (aPTTとRVVTの2種類の試薬を用いる)
  • ・(β2glycoprotein I依存性)抗カルジオリピン抗体IgGもしくはIgMが中高力価
  • ・抗β2glycoprotein I抗体IgGもしくはIgMが陽性

Miyakis et al. J Thromb Haemost 2006

リン脂質中和法(APTT によるLA)と希釈ラッセル蛇毒法(RVVT によるLA)は片方しか健康保険が適用されませんが、陽性となる患者さんが異なるため、両方とも測定することが推奨されています。
抗カルジオリピン抗体には抗CL・β2GPI複合体抗体と抗カルジオリピン抗体が委託検査可能であり、どちらかを選択すればよいです。抗CL・β2GPI複合体抗体のほうが感染症による疑陽性を除外できるため優れています(文献8)。またこの検査はβ2GPI非依存性抗CL抗体を同時に調べて、「β2GPI存在下抗体>β2GPI非存在下抗体」を確認して判定することが必要ですが、検査会社は「β2GPI非存在下抗体」を依頼しないと同時測定しないので注意が必要です。また、国際学会は健常人の99パーセンタイルを基準値とすることを定めており、本学の検討では1.9IUであり、検査会社の定める基準3.5とは異なる基準を用いています。
いずれの検査も疑陽性が多いため、12週間以上間隔を置いて陽性が持続するときに抗リン脂質抗体症候群と診断します。
2013年に行った調査によれば、わが国の妊婦健診取扱施設の61.5%の施設が1度しか検査をしていないことがわかりました(文献9)。高齢の患者さんに「あと3か月妊娠するのを待って」というのは忍びないですが、それは不必要な治療をすることにつながります。また、抗リン脂質抗体症候群とは若くして脳梗塞、心筋梗塞を起こす難治性疾患です。適切な診断をお薦めします。

委託可能な抗リン脂質抗体はいくつかありますが、「陽性だと流産率が高く、抗凝固療法によって生産率が改善できる」ことが臨床試験で証明されていないものも多いです。陽性率の高い検査を選択すれば、何かしら陽性となり、不必要な治療をすることにつながります。
名古屋市立大学では、APTT試薬を5倍希釈して、標準血漿と患者血漿を1:1で混合するループスアンチコアグラント測定を行っており、無治療では53.8%の次回流産率が抗凝固療法によって19.6%に改善できることを確認しました(LA-APTT研究室、文献10)。
本学では現在、国際学会の推奨する4種類の抗リン脂質抗体を測定しており、12週間持続する抗リン脂質抗体症候群は5%未満の頻度であり、複数の測定法で高い抗体価を示す本物の抗リン脂質抗体症候群の患者さんは不育症において1%未満の稀な難治性疾患であることがわかってきました。本物の抗リン脂質抗体症候群については関連遺伝子もわかってきました(文献11)。この難治性疾患の治療につながるといいと思います。

抗リン脂質抗体は全身性エリテマトーデスなどの膠原病の患者さんに約40%にみつかることから、抗核抗体陽性の場合にどうするべきかが議論されてきました。私たちは抗リン脂質抗体陰性の反復流産患者さんにおいて抗核抗体の陽性率は健常妊婦よりも高頻度ですが、次回妊娠において流産率は陽性・陰性例において有意差がないことを医学雑誌LANCETに報告しました(文献12)。抗核抗体陽性の場合に、アスピリンやステロイドが投与されている患者さんがありますが、抗核抗体の測定や薬剤投与は必要ありません。

抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)は不育症患者における陽性率が高い(10-15%)ために、多くの施設が測定し、陽性例に対する抗凝固療法が実施されています。しかし、質の高い研究がないため、名古屋市立大学において原因不明不育症患者369人の凍結保存血清を用いて抗PE抗体IgG を測定し、次回妊娠帰結について検討しました(図11、文献13)。抗PE 抗体の陽性率は10.1%(37/367)でした。LA-APTT研究室, LA-RVVT,β2GPIaCL陽性例に対しては基本的に抗凝固療法を行っており、抗PE 抗体は、陽性でも陰性でも、陽性症例に抗凝固療法を行っても出産率に差はありませんでした。抗PE抗体の測定意義は認められませんでした。
LA-APTT研究室と抗PE 抗体の両方が陽性の症例は8例あり、LA-APTTを測定することが大切です。抗PE抗IgG陽性でも無治療で83.3%の人が出産できるということはかなりの偽陽性を含むことを意味します。

図11:抗フォスファチジルエタノールアミンIgG陽性症例では抗凝固療法・無治療で出産率に差はない

  陽性 陰性
  抗凝固療法 無治療 無治療
出産率 66.7%
(8/12)
71.4%
(10/14)
76.0%
(127/167)
胎児染色体異常例を
除いた出産率
80.0%
(8/10)
83.3%
(10/12)
76.0%
(127/167)

Obayashi et al., J Reprod Immunol 2009

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